2008年8月5日(火)
 矯正歯科医 「頼れる」 650人.??????... あれまぁ、わたしもその1人に入っているよ....
「読売ウイークリー」8月17・24日夏の合併号の記事

ずっと以前から、わが家は「週刊朝日」と「週刊読売」を
とり続けてきました。
いつの頃からか、週刊読売は「読売ウイークリー」と名を改め、雑誌も大判に替わり、家には毎週火曜日に配達されます。
今日届いた読売ウイークリーの表紙をみてビックリ、
矯正歯科医「頼れる」650人、と特大の文字が目に入ってきた。
なんじゃこれは !!、
そういえば1、2か月前に郵便でアンケートがきて、簡単に回答してファクスで返事をだしたけど、
まさかあれがこんな大きな記事になっているの !?。
すぐにページをめくってみた。 あ〜っ、あるある、
19ページに高田歯科・矯正歯科医院と高田保之の名前が載っている。
こんないい加減な、一方的に送りつけてきた、一回きりのアンケートの回答を使って、勝手に記事にするなんて無茶苦茶ですね。
たまたまアンケートに回答した人が、なんで「頼れる」650人といえるのか?、科学的根拠もなにもないだろう。
だいたい設問の中に、「あなたは指導医の資格をもっていますか」なんて項目もなかったから、もちろん書きもしなかったけれど、
勝手に欄外に指導医も持っています、って自己PRした人だけそれも載せるのかよ、それって公平じゃなかろう。
わたしも指導医だよって、心の中で叫んでしまったよ。
普通、アンケートというのは、多くの回答を集計して、
統計的な処理をして、分布や傾向を論ずるためのもの。
こちらもアンケートと称して郵送されてきたから、それを前提として、好意で回答するのです。
それを無視して、個々の回答内容をそのまま掲載するなんて、非常識もはなはだしい。こんな広告まがいのこと、
名の通った全国誌がするべきことではありませんね。
まあ週刊誌だからこんなものだろうと、眉に唾をつけながら読む分には役に立つかも知れませんが。
ただこの矯正歯科の特集は、次号以降まだ第二弾第三弾と続くようです。

2008年7月11日(金)
帰り道、帰雲城ふたたび。そして話題は矯正にまで。
荘川インターチェンジを降りて、帰り道は国道156号線を白川郷まで北上しました。
この道の方が、少々時間がかかりますが、天気が好ければ青い川面に反射する、庄川沿いの景色を楽しめるので、ドライブには最適でしょう。砺波からはもちろん、金沢や高岡、富山からも日帰り圏内です。
御母衣(みぼろ)ダムを過ぎ、平瀬温泉を通過し、白川郷に近づくと、右手に6月14日のWeb日記に記した「帰雲城埋没地」の標識がありました。
今回は車から降りて写真を撮ってきました。右の写真、石碑の左上に山が崩落した跡が写っているのですが、写真が小さくて見にくいかな。
白川郷から近いので、戦国時代や歴史に興味のある方ならば、是非一度足を延ばしてみるのもよろしいかと思います。
この白川村や隣の富山県内の平村からでも、わたしの診療室に矯正治療で通ってくれた子供たちが結構大勢居ます。彼らに共通しているのは、指示された通りに矯正装置をまじめに使用してくれる、また熱心に通院してくれるという点です。
だからこちらもしっかり治療しなければという気持ちになるので、良好な治療結果に結びつきました。
また男の子の患者の場合は、余程しっかり食べ物を噛むのでしようね、来院のたびに矯正用のアーチワイヤーが変形しているので驚きました。昔ながらの良き日本の生活が、食生活を含めて、まだこの山里には生きているのだなぁ、との思いを感じる次第です。
2008年7月11日(金)
7月5日開通、東海北陸道
7月5日東海北陸道が全面開通したので、昨日の午後、早速行ってみました。
白川郷インターから飛騨清見までが、トンネル工事が難航したため、去年の開通予定が遅れて、今ようやく最後に開通した区間です。
往きは砺波インターから荘川インターまで行きました。
白川郷を過ぎるとすぐに、全長11キロ余りの飛騨トンネルに入る。開通したばかりのトンネルの両側の壁は真新しい白色、路面もライトグレーで内部は明るく、運転は快適です。
でもともかく長い、上り坂を延々と10分ほど運転して、ようやく出口を出たら、またトンネル、その次もトンネルで、結局開通したのは、はじめから終わりまでトンネルばかりの区間だとわかりました。
不思議だったのは、その飛騨トンネルの中に2ヵ所、信号機が設置されていたこと。青信号が点灯していたからそのまま進みましたが、もし目の前で黄や赤に変わったらどうすればいいんだろう、などと余計なことを心配しました。
高速道路のトンネルの中で、信号が変わったからといって、ブレーキを踏んで停車するなんて、怖くてできないでしょう。
途中に展望台やサービスエリアがあるわけでもなく、景色を見たり、ショッピングの楽しみもありませんでしたが、飛騨トンネルの出口に、猫の額ほどのパーキングがあったので、そこから次のトンネルの入口を撮ったのが上の写真です。
2008年7月2日(水)
外科的矯正治療(その2)
手術は、顎の骨の成長が完了する16、7歳以降に受けますが、手術前の矯正に1年半ほど時間がかかるので、高1のはじめに術前矯正を開始すれば、高2の冬休みか、高2から高3の春休みに手術を行い、卒業前に矯正装置を外して終了。
もちろん二十歳以降、社会人になってから外科的矯正をする患者さんの方が多いのですが、仕事、結婚、出産など、治療を円滑に進める上でクリアーしなければならない課題も多いのは事実。
できれば高校、大学の学生時代に治療しておくのが好いと思います。
2008年6月30日(月)
外科的矯正治療(その1)
:外科的矯正についてもう少し説明をしましょうか。
下顎前突、下顎の後退(あるいは小下顎症)、など、上下顎骨の大きさのアンバランスが大きいケースや、顔面非対称(顎骨の横へのゆがみ)のように、左右のアンバランスが顕著なケース、要するに顎の骨の大きさや形態に問題がある場合は、外科手術によって顎骨の形を正常にしないと、かみ合わせも正常化できません。そのような患者さんには矯正と外科が共同して治療に当たっているわけです。
30年前は大学病院で試行的に行われていた外科的矯正治療ですが、今は田舎の地方都市で十分な治療が受けられるのですから、本当に進歩したものです。

2008年6月23日(月)
顎口腔機能診断施設(その2)
外科的矯正治療に健康保険が使えるのは、世界の中でも日本だけ、と聞きました。日本人には下顎前突(受け口)が多いというのがその理由でしょう。
しかし保険で外科的矯正ができるということは、まだ一般にはあまり知られていないと思います。
それでもわたしの診療室で、去年、おととし、年間数症例は、すぐ近くにある砺波市総合病院・口腔外科で手術を受けました。
医療技術も進歩しているので、昔と違い、一週間程度で退院でき、術後経過も良好。近所に優秀な外科医が居てくれるのは、本当に助かります。反対咬合
2008年6月22日(日)
顎口腔機能診断施設 (その1)

「顎口腔機能診断施設」って、何のことだか分かりますか。(がくこうくうきのうしんだんしせつ)と読むのですが、当院の広告にも書いてあります。
これは、「外科的矯正治療の手術前後の矯正歯科治療が、健康保険を使ってできる医療機関です」、ということを表しています。
「顎口腔機能診断施設」のどこを読んだらそれが分かるの、って思いますが、お役所言葉によくある、重々しいけど読んでも意味不明のひとつ、です。
実際何度か、この広告をみて、顎の関節の具合の悪い人、つまり顎関節症の患者さんが、診てもらいたいと来院されました。そのときは正確な意味を説明して、専門家のいる総合病院・口腔外科へ紹介させてもらいました。

2008年6月18日(水)
帰雲城その弐

前回のWeb日記で、
岐阜県白川村にある帰雲城跡を、わたしは今まで(きうんじょう)と呼ぶものだと思っていました。
詳しいことを知りたいと思い、インターネットで検索したところ、正しくは(かえりくもじょう)というのだそうです。
戦国時代、豊臣秀吉の頃、近畿、中部を襲った天正の大地震(1585)で、帰雲山が崩落し、一瞬のうちに城と城下町が埋まってしまい、どこに城があったかということも、正確にはわからないとのこと。
今回の東北の地震でも、新聞には山がひとつ崩れて、なくなってしまった写真がありましたが、山が崩れて消滅するってことが本当にあるのですね。
帰雲城については、金山を持っていたので、城とともに金銀財宝が埋まっているのではないかという、黄金伝説があるようです。戦国浪漫のひとつでしょうか。

2008年6月14日(土)
帰雲城

今日は東北地方で地震があった。
この前の日曜日に岐阜の近畿東海矯正歯科学会に行ってきたが、途中に帰雲城きうんじょう)跡という表示があった。昔、地震で一夜にして崩れてなくなったというお城だそうな。富山県は地震の空白地域。いつなんどき大きな地震が来て山が崩れるかもしれないなぁ。

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高田保之
昭和29年砺波市に生まれる。
高岡高校を卒業し、
大阪大学歯学部入学
大阪大学歯学部矯正学講座を経て、
金沢医科大学矯正歯科学教室入局
平成2年日本矯正歯科学会 指導医・認定医 取得
平成3年父とともに開業

趣味
スキー・シュノーケリング

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